建築限界測定試験車、新しい線路を敷いた時や電化時に使用される車両で、出番はそう多くないものの新線開業などの際には必要な事業用車両です。
そんな重役を国鉄時代から担って来たのが、このオヤ31形客車です。走行機会が少ないことから逆に生きながらえてきた旧型客車で、かつては四国を除く各JR(※四国はJR西日本より借り受けて検測)にも配置されていましたが、次世代車両に置き換えられて廃車が進み、営業線ではこの31号車が最後の存在となっています。
建築限界測定の方法は非常に原始的で、車体に取り付けられた羽を広げ、障害物に接触するとセンサーで知らせるというものです。
こちら側の前面は、三面体の形状を保っています。
貫通扉には「車掌室」の文字が。
左側の窓下には、形式と全検の年月が記載されています。今回は京都鉄道博物館での限定公開時の取材でして、なんでも検査のためにやって来たついでに展示したのだそうな。
右下には各種プレートが。大々的には語りませんが、この車両のちょっとした歴史を体現するものですね。なおこの後JR西日本としては除籍され、えちごトキめき鉄道に譲渡されるそうな。動態で利用されるとのことですが、あそこ機関車いないのにどうするんでしょう…。
ドアです。一応デッキもあり、客室と仕切れるようになっています。数少なくなった手動式で、事業用車両なので「旅客の転落」は考慮しなくてもいいのでそのままなのでしょうね。
車内です。大きく2ブロックに分けられており、こちらは言わば居住スペースとも言えるでしょうか。
デッキ方向を見ます。かつてはボックスシートが並んでいたと思いますが、こうまで変わると当時の面影を探すのは難しいかもしれません。
デッキとの仕切り扉です。展示物は可動部分を中心に触ってはいけませんので、国鉄→JRのOBアテンダントさんの格別なご厚意で閉めていただきました。レバーは今時の車両では中々見られない下向き、鍵のようなツマミも見えます。窓はすりガラスで、アテンダントさんもうっすらと写ります(笑)
トイレです。仕切り扉もそうでしたが、全体的に今ではそう見られないペンキ塗りとなっており、化粧板全盛の現代では隔世の感もあります。
「停車中は使用しないで下さい」。要は垂れ流し式、かつての旧型客車では当たり前でしたが、今では絶対あり得ません(笑) これ、実態としては現代の沿線環境などを考慮すると使用不可が原則だと思うのですが、この表示は社内で生きていたのでしょうか?
洗面台です。トイレとともに、かつて旅客車として使われていた時の数少ない痕跡でしょうか。左側に痰壺がありますが、私も含めて昭和後期以降生まれの方にはあまり馴染みの無いものになるかと思います。
トイレの向かい側、洗面台の隣には流しがあります。さすがに厨房とまではいきませんが、使用した食器だか箸やスプーンだかを洗うために設置されたのでしょうか。なおこの車両、かつて食堂車として走った過去があります。
トイレ横には備品庫があります。
壁には備品表があります。何か無くなっては、下手すると安全に関わりますからね。
備品表の上には、メーカーズプレートと長野工場のプレートがあります。どちらも時代を感じさせるものですね。
天井です。走行しながら発電する車軸発電では照明に給電が出来ないので、外部から給電した照明が室内を照らしています。カバー付きの丸照明、出来れば夜間にゆっくりと乗車してみたいものです。ちなみに非冷房、かつ扇風機もありません。昨今の酷暑では厳しそうですね。
昔ながらの網棚も残されています。支持する金具もちょっぴりオシャレで、かつフックも兼ねた機能性もあるんですよねぇ。
窓は小窓がズラリと並んでおります。日除けは鎧戸タイプ、引き降ろして使用するものですが、振動で落ちてこないか少々不安です。
ひとつだけ窓が閉まっていました。一枚窓で、つまみを握って開閉する昔ながらのスタイルです。
座席です。元々ボックスシートが並んでいたはずですが、全てロングシートとなっています。しかしロングシートにしてはかなり縦幅が広く、簡易寝台として使用することも想定していそうです。モケットは茶色、JRになってから貼り替えでもされたでしょうか。
車体中央の仕切りです。外には折り畳み可能な検測用の羽根があり、車内にもその羽根が見えています。この奥が検測スペースとなります。
という訳でこちらが検測スペースです。展示用に少し片付けているかと思いますが、検測に用いる設備がいくつか見えますね。
ドアです。こちらは内吊り式の引き戸に改造されています。窓は二段式、凸凹が多い処理なのは本当に時代が時代だからとも言えますし、一般旅客が使わない特殊性も手伝ってなんでしょうね。
反対側。吊り戸の戸袋が車内に張り出しています。
車体中央を見てみます。検測の主となるスペースで、デスクも置かれています。
羽根の根元はこんな感じ。羽根にはそれぞれ番号が記載されております。
頭上を見上げますと、天窓があります。建築限界測定は側面だけではないのです。
そして側面。左側にはデスクがあり、ここで羽根にものが触れないか確認するのでしょう。
で、右には灰皿が。かつては喫煙しながら仕事していても問題なかったんでしょうね。蓋の上には懐かしのJNRマークが残ります。
その上にはデスクを照らす照明と、何やらスイッチが付いたボックスがあります。
この両側は外に出られるようになっており、更に屋根に登れるように梯子もあります。羽根が障害物に触れると、外の様子をすぐに確認できるようにしているわけですね。
デスクの先には窓があります。窓下には番号の書かれたランプがあり、障害物に羽根が触れるとこのランプが光るようになっています。
反対側にも窓。ここはシンプルに固定式です。
車端部です。普段配置されている備品はここに置かれているため、展示中はちょっとゴチャッとしていますね。
車端部にも羽根があるため、貫通扉はかなり小さく見えます。
こちらにもデスクがあり、中間と同様の設備が備えられています。
天井です。こちらには扇風機が二基設置されています。
扇風機をクローズアップ。片方は国鉄時代のJNRマークが残ったものですが、車端部側はキハ40などと同じタイプのものに交換されています。今となってはJR化後どのタイミングで交換されたのかは分からないそうですが、経年はそれなり、高速回転する扇風機も長期間の使用はやはり酷だったのでしょうね。
真ん中にもデスクがあります。
この通り電話線などがあったので、通信はここで実施していたのでしょう。
窓です。一段上昇窓は同様で、4枚が配置されています。
その横には…紙でも押しピンで留めるためでしょうか、木のボードがあります。
座席です。座面のみのロングシートがありまして、保線員さんなどが乗務した時に腰かけられるようにしたものと思います。
室内にはこの通り石炭を燃焼させるだるまストーブがあります。夏場は扇風機しかありませんが、冬場はこの通り閉め切ればそれなりに暖かく過ごすことが出来たようです。さすがに、ストーブの上に網は無いようです(苦笑)
さすがに閉め切ったままだと一酸化中毒になってしまうので、天井に煙突が伸びています。
最後に再び外観を。JR西日本で車籍を有する最後の旧型客車でしたが、営業線と繋がるこのゾーンまで宮原から持ってきた次第でした。
台車は昔ながらの板バネを使用したもので、乗り心地は悪いなんてもんじゃないくらい悪いんでしょうね(笑) 検測中はともかく、回送中の速度はそれなりでしたでしょうし。
このゾーンでは屋根上を見ることも出来ます。非冷房なので、換気用のベンチレータが並ぶのみです。
このベンチレータ間にミニベンチレータが。これがダルマストーブの換気用になります。
横にはオヤ31のパネルがあります。ここのパネルで、かつて「ミ」という車両記号があったことを初めて知りました(^^;;
また模型も元の展示場所から一時的に移されて展示されていました。
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